日吉台学区自主防犯推進会では、日吉台小学校の子どもたちの登下校を見守るスクールガードや青パトによる防犯活動を行っています。
現メンバーの高齢化等に伴い、地域や子どもたちの安全を守るために青パト、スクールガードに新たにご協力いただける方を募集しています。限られた日時、期間でも構いませんので、ご協力頂ける方は山下までご連絡下さい。
スクールガードについて
児童の登下校時に通学路の安全確保の為のパトロールを実施します。おおよその登校時間は7:30~8:15頃、下校時間は学年により14:50~15:50頃となりますが、詳しくは小学校から届けられる「学校だより」に記載されています。パトロールの場所は通学路が望ましいですが、通学路でなくても腕章を着用してご自宅周辺に立っていただくだけでも、また毎日でなくても出来る範囲の見守りで結構です。
※大津市が保険を掛けますので、ご協力いただける場合は必ず事前にお届けください。
青パトについて
青パトとは地域のパトロールなどの際に、自家用車の屋根に青色回転灯(取外し可能)を装着していただくもので、警察が認可するものです。
お車をお持ちの方でご協力いただける方がおられましたら下記までご連絡ください。
自主防犯推進会 山下
TEL・FAX 579-5022 または TEL 090-2116-0832
以下は滋賀県庁に保管されている日吉台造成当時の資料で、不動建設株式会社による「坂本ニュータウン土地区画整理事業 事前審査申請設計図書」の一部です。
これらの資料には造成当時の地すべりなどに関する工事に関する情報が含まれている可能性があるため、令和3年度に自治連合会が滋賀県に公文書公開請求を行い、許可を得たうえで写真撮影、編集したものです。文書は公開されているものについては簿冊に綴じてある順に写真撮影し、項目ごとにPDFにまとめてあります。(一部省略されているページや図面があります)
文書
文書名 |
PDFリンク |
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表紙 |
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回議書 |
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地すべり地帯での造成工事の許可条件の回議書 |
高峰土工事施工計画書 |
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日吉台4丁目付近と思われる、高峰地区に関する土工事 |
造成工事許可申請 |
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造成工事全体に関する説明 |
図面
令和3(2021)年4月1日現在の日吉台全体および各丁の5歳階級の年齢別人口ピラミッドです。
総人口は3,632人、内65歳未満1,808人、65歳以上1,824名でした。
4年前、平成30年の人口ピラミッドはこちらからご覧いただけます。





滋賀県大津市日吉台は、大津市中北部に位置し、比叡山や琵琶湖を望む住宅団地です。
鉄道でのアクセスはJR湖西線比叡山坂本駅(団地中央部まで徒歩約15分)または京阪石坂線坂本比叡山口駅(同約20分)で、両駅と団地間には江若バスが運行されています。バスは2024年3月のダイヤ改正で運転手不足やいわゆる2024年問題を理由に大幅に減便になり、JR比叡山坂本駅までは平日、休日ともに一時間あたり約2本に、京阪の坂本比叡山口駅までは一日当たり3本となりました。なお、日吉台団地周辺のバスや電車についてはこのホームページでも時刻表を掲載して、少しでも利用しやすい環境を整えています。
車の場合、京都方面からは西大津バイパス下阪本ランプを下りて団地入り口まで2.5km、5分、今津方面からは湖西道路坂本北ICを下りたところが日吉台団地の入り口です。
団地内には大津市立日吉台小学校があり、大津市で最初のコミュニティスクール実施校となるなど、小規模校ならではの個々の児童に寄り添った教育を行いながら豊かな学校生活を送ることが出来る様、地域も強力にバックアップしています。
幼児教育施設としては2021年4月から旧日吉台幼稚園跡地に日吉台至明認定こども園が設立され、再び子ども達の歓声が戻ってきました。 大津市立幼稚園に通園される場合は、坂本幼稚園へのバス通園となります。
行政施設としては団地のほぼ中心部に日吉台市民センター(大津市日吉台支所・公民館)があり、様々な地域の活動が行われています。大津市では公民館のコミュニティセンター化の動きがありますが、現時点では日吉台については具体的な動きはありません。
買い物は団地入口付近にスーパーマーケット平和堂坂本店がある他、さらに駅近くには食品スーパーサンライズ坂本店があります。 スーパーサンライズでは「とくし丸」と称する移動販売車も運行しており、地域高齢者の方の買い物ニーズにも対応して頂いています。
団地内は基本的に低層の一戸建てのみで住環境は良好です。 住宅地内も基本的に道路幅員は6mあり、バス通りは幅員10mで両側に歩道があります。大津市都市計画マスタープランにおいても、「閑静な住環境」(P58)が維持すべき価値としてとして取り上げられ、「文化性豊かで個性ある定住環境の維持・充実に協働で取り組む」(P61)とされています。
一丁目、二丁目は中央を流れる高橋川より南側でJR駅まで徒歩でも概ね15分程度で、買い物や上述の市民センターにも近くなります。 高橋川より北の三丁目、四丁目は駅からやや遠くなりますが、パノラミックなびわ湖の景観を望むことが出来ます。
団地内には一丁目南・北、二丁目南・北、三丁目東・西、四丁目東・西の8つの自治会があり、それぞれ「住んで良かった」町になるような独自の活動を行っています。
日吉台は比叡山やびわ湖を望む自然環境に恵まれ、日吉大社や西教寺のある坂本、世界遺産の比叡山といった文化施設も近く、心豊かに暮らせる地域です。
日吉台はびわ湖と比叡山の景観に恵まれ、坂本や比叡山の歴史的文化遺産にも近く、少し歩けば里山の自然にも触れることのできる大津でも一番の(多分・・・)住宅地です。 「あらうんど日吉台」は日吉台周辺のスポットやお散歩コースを写真と共にご紹介するコーナーです。

NHKで放送されている大河ドラマ「麒麟がくる」(2020年)に因んで、今回は坂本城址公園(都市公園湖岸緑地北大津地区)と西教寺に行ってみた。
まず坂本城址公園は、以前掲載した西近江路を歩く(前編)の山王鳥居のある場所の近くで、徒歩だと日吉台市民センターから3Km程ある。 歩くのはちょっと・・・という方には県道558号線(旧国道161号線)を走る江若バスの石川町バス停が最寄になり、車で行く場合、台数は多くないが駐車場もある。(※日吉台団地・堀場製作所経由比叡山坂本駅行きバス比叡辻下車、浜大津行バスに乗り換え、または団地循環バス比叡山坂本駅下車、比叡山坂本駅から県道経由で大津京駅行に乗り換え。 詳しくはこちら)

この公園で一番目を引くのは平成7年に建てられた大きな明智光秀の石像だ。 教科書などで紹介されることの多い、岸和田にある本徳寺所蔵の光秀像と比べると武人としての印象が強く、「これ誰?」という感想を持たれる方も多いと思うが、台座にはっきりと明智光秀像とある。 隣には略歴と「われならで 誰かは植えむ 一つ松 心して吹け 志賀の浦風」の 歌が刻まれた石碑もたっている。

鳥羽一郎が唄う「光秀の意地」歌碑
さらに右手、湖側には「光秀の意地(「おとこのいじ」と読ませる)」の歌碑があり、近くのボタンを押すとこの歌がフルコーラス流れるようになっている。

大津市教育委員会による「坂本城跡の縄張り復元図」
かつて琵琶湖が大渇水の時、普段は湖底に沈んでいる坂本城本丸の石垣の遺構が見られたことがあったが、案内看板の「坂本城跡の縄張り復元図(大津市教育委員会)」によると、宣教師ルイス・フロイスが豪壮華麗と称した水に浮かぶ坂本城はこの公園のもう少し北側にあったようだ。
浜大津から北側では琵琶湖岸に出られる場所があまり多くないが、この公園からはその美しい景観を楽しむことができる。 前述の様に城址公園といっても城の遺構がある訳ではないが、光秀が眺めたであろう美しい琵琶湖を同じ様に見られる場所ということになろう。

北側 右手に三上山、さらに近江八幡の鶴翼山、遠く伊吹山も見える

南 プリンスホテルから矢橋の帰帆島などが見える
次は「びわ湖大津・光秀大博覧会」が開催されている西教寺に散歩がてら行ってみる。(付近の地図はこの記事を参照のこと)
今までは西教寺の本堂前まで行くだけであれば拝観料は不要であったが、今は総門を入ってすぐ右側に拝観受付があり、大人一人500円となっている。 拝観受付で貰った案内チラシによると僧坊が両側に並ぶあたりは無料の様だが、正面勅旨門のあたりから先は有料エリアとなっていた。 尚、西教寺での「びわ湖大津・光秀大博覧会」の会場は、当初受付のすぐ左隣の禅明坊光秀館会場と西教寺会場の2か所が予定されていたようだが、コロナウイルス感染症の余波で今日現在禅明坊光秀館会場の方は開館延期となっている。 それもあってか、訪問日は観光客はまばら・・・といった状況であった。

明知一族の墓
勅旨門の手前を左に折れて石段を上がると本堂の前庭で、本堂の手前左側にはドラマ主人公の長谷川博己もお参りに来た、明智一族や内室の熙子(ひろこ)の墓がある。 先程の案内チラシによると正面から本堂へは進入禁止となっており、本堂に向かって右手奥の大本坊から入り、見学順路に従って本堂、客殿、書院を廻るようになっているようだ。

大本坊
本堂の阿弥陀如来、大本坊や客殿、書院の庭園、客殿の襖絵など、寺院内の見どころの外に、コンパクトな内容だが明智光秀公資料室というのが開設されていて、国内で製作された鉄砲や、光秀直筆の寄進状などが展示されていた。(写真でご紹介したいが堂内や資料室内などは殆ど撮影禁止)

大本坊庭園
大河ドラマの主人公がこれ程身近な場所に繋がりがある・・・などということは滅多になさそうなので、滋賀院門跡などを含めて近くにある明智光秀ゆかりの場所を一度訪問されてはいかがだろうか。
日吉台はびわ湖と比叡山の景観に恵まれ、坂本や比叡山の歴史的文化遺産にも近く、少し歩けば里山の自然にも触れることのできる大津でも一番の(多分・・・)住宅地です。 「あらうんど日吉台」は日吉台周辺のスポットやお散歩コースを写真と共にご紹介するコーナーです。

千野地区は、大正寺川を挟んで北が千野1、2丁目、日吉台に隣接する南が千野3丁目と分かれている。 それぞれ本千野、今千野という呼称もあったようだが、今回は千野の中心的な集落である千野1丁目の辺りを歩いてみることにした。
「あらうんど日吉台 法光寺と那波加神社」と同じく、日吉台四丁目の通称通り抜けから出発して苗鹿方面に向かう。 4車線化工事中の湖西道路を潜ってすぐ左折し、再び湖西道路を潜って左手に比叡の山並みと田植えの終わった水田を見ながら少し進み、棚田の間の道(舗装路)を地図青矢印の方向に入る。

田植えの終わった千野の棚田
直ぐ右手に千野の集落に向かう急な坂道があるのでこれを上る。 大した距離ではないがこの坂が今回のコースの最もしんどい部分だ。 上りきって突き当りをV字状に左に折返し、集落を東西に貫く道に入る。 後に分かるのだがこれが元三大師(がんざんだいし)道である。

旧町名や薬の琺瑯看板
歩いていると 道沿いの民家の壁に、琺瑯製の旧地名版や薬の看板を見つけた。 地名看板は「雄琴千野町」で上に仁丹の大礼服マークと「仁丹歯磨」、薬看板の方もTVなどでは聞いたことの無い名前で、古い集落を歩いているとこういう発見もあって楽しい。 調べてみたら、仁丹歯磨は特に戦後は仁丹の屋台骨を支えた商品だったようだし、薬の方はパスミンという風邪薬は現存しないが、青ぐすり(胃腸薬)、赤ぐすり(解熱剤)は健在だった。

天台宗月岳山安養院妙見堂
V字状の折返しから200m程、左側に石灯篭が2基並んでおり、その奥50m程のところに安養院妙見堂がある。 ここは比叡山延暦寺中興の祖といわれる元三大師(がんざんだいし:良源912-985)が、大師の近くに住みたいと願った母親の為に建立したものだそうだ。(大津のかんきょう宝箱) 元三大師は修行地である横川に向かう際に、母親のいるこの妙見堂に立ち寄ったりしたということなのだろう。
妙見堂から戻り、右手の家々の間から時折比良山を臨みながら進む。 左手にステンレス製の給水タンクのようなものが見える辺りで道なりに右に曲がり、さらに集落の周辺をぐるっと廻るように進むと、道は次第にびわ湖に向かうように向きを変え、これも集落を東西に貫くもう一本の道に合流すると左手に立派なお寺の屋根が見えてくる。 深光寺である。 大津のかんきょう宝箱によると、真盛上人の開基、創始は不明だが元亀(1,570年)以前とある。

真盛宗西教寺派 深光寺
隣の家の犬に吠えられながらつつじの咲く道を進んで本堂に向かう。 本堂に向かって右手に鐘楼があり、その先に深心(じんしん)の庭と名付けられた石庭がある。 この庭の「心」は実際に訪れて案内板をお読みいただくとして、よく手入れされた美しい庭であった。

平成28年作の深心の庭
再び犬に吠えられながら元の道に戻り、50m程東に進むと左手に2階建ての千野会館(町民会館)があり、その横に若宮神社の鳥居がある。

若宮神社 本殿
参道を進むと階段の上に拝殿があり、その奥に本殿のある立派な神社である。 神社の後ろは小高い丘になっていて、如何にも神様が居そうな雰囲気であった。 先ほどの深光寺やこの神社、千野会館などがこの付近に集まっており、旧来千野の集落の中心部分がこのあたりであったことを思わせる。
さて、お参りを済ませた後は集落の東端まで道なりに進む。 途中、雄琴小学校方面への道を左に分けるY字の分岐があるが、右に進んで150m程、視界が一気に開ける見晴らし台に出る。

この日は非常に視界が良く、三上山や近江八幡の鶴翼山(八幡山)はもちろん、遠く伊吹山まで遠望できた。
景色に気を取られて見落とすところだったが、この見晴らし台の手前に先ほど通った妙見堂の前を通る道への分岐があり、「左 元三大師」と書かれた石柱がある。 千年を超える千野の集落の歴史の長さを物語る道標である。

左元三大師道とある道標
日吉台はびわ湖と比叡山の景観に恵まれ、坂本や比叡山の歴史的文化遺産にも近く、少し歩けば里山の自然にも触れることのできる大津でも一番の(多分・・・)住宅地です。 「あらうんど日吉台」は日吉台周辺のスポットやお散歩コースを写真と共にご紹介するコーナーです。

全体図 飯室谷付近の拡大図は下の地図を参照
今回は日吉台から飯室不動、安楽律院方面に向かってみる。 先ずは中央通り(小学校の前を通るバス通り)を坂の上(文中の距離は全てここから)まで上がり、左手の給水施設の横の細い道を西に向かう。 このあたりはちょうど日吉台側の高橋川に向かう谷と、千野側の大正寺川に向かう谷の尾根になっていて見晴らしが良い。
400m程歩くと県道47号線に突き当たる。左手が西教寺方面で右手に進むと今回の目的地飯室不動方面だ。 しばらく進むと写真の様に高い木々に囲まれた細い道になるが一本道なので迷うようなことは全くない。 ただ、この県道は千野から仰木に繋がっているせいか、この日は思ったよりは車が通っていた。

約1.3km、20分程歩くと「飯室谷不動堂」の標柱が見えてくる。 県道はここでVターンして千野・仰木へ向かうが、県道から左に折れると飯室不動堂だ。

飯室谷不動堂ホームページによると、飯室谷は古来からの「比叡山三大魔所」の一つで、魔所というのは「恐ろし処という意味ではなく、清浄地であることより、ことの他、身を慎み、殺生などをしてはいけないという地」とある。 因みにここの長寿院は千日回峰をされた藤波源信大阿闍梨がご住職をされているそうだ。
この辺りはパワースポットとして取り上げられていることも多く、日吉台中心部から徒歩30分程度で来られるとは思えない程、別世界の様な清真な雰囲気を感じることができる場所だ。

飯室谷付近拡大地図
下写真に見えている八角形のお堂は千手堂で、この奥に狛犬に守られたお不動さんが祀られている。 このお不動さんはお堂の中ではなく外からアクセスできる屋根の下?にいらっしゃるので、お堂の中の仏様と違っていつでもお参りできるようになっている。

正面石段上の建物は千手堂
さらに進むと長寿院への石段があり、上に見えるお堂の正面には「不動明王」の額がある。 ご本尊はこのお堂に安置されていると思われる。
地図上ではもう一つ奥に松禅院という建物があるが、この日は門が閉ざされていて入ることが出来なかった。 長寿院から松禅院までは苔むした穴太衆積みの石垣に囲まれた道で繋がっているが、門と同様にこの日は途中で閉鎖されていて通り抜けは出来なかった。

正面石段上が不動堂

長寿院と松禅院を結ぶ石積の道(松禅院側から)
さて、次は安楽律院に向かおう。
先ほどの県道47号線のVターンの場所に戻ると、10m程千野・仰木よりの場所に「安楽律院」の矢印看板があるので、それに従って10段ほどの石段を上がる。 突き当たりの細道を右手に進むと上り坂が100m程続き、やがて道が平坦になったところに「攝僧大界并攝衣界」「不許葷酒入門内」と書かれた2本の結界石柱が立っている。 修行の邪魔になるような俗世の穢れを持ち込むな・・・ということだと思うが、取り敢えず「お邪魔します」と頭だけ下げて先に進むと、今度は下りの立派な石段があり、その先に山門が見える。

右手前の石柱には攝僧大界并攝衣界、左奥の石柱には不許葷酒入門内とある

奥に見えるのが山門

現地の案内板には「安楽律院 安楽谷は横川飯室谷の別所である。恵心僧都なども隠棲したところであったが、江戸中期に妙立、霊空らがきびしい戒律主義を唱導し、その一門を安楽律とよびここに住した。 律院はおしくも放火でほとんど失った。 ここには比叡山を愛した藤原定家の碑、爪塚などがある。」と記されている。 安楽という語感とは裏腹に、きびしい戒律のもとに修行に励んでいたということらしい。 残念ながら放火で建物は焼失したようだが、今は礎石のような遺構と仮の本堂がひっそりと佇んでいる。

焼失した建物の跡

現在の仮本堂
日吉台周辺には多くの歴史的建造物や神社仏閣が散在するが、これ程日常とのギャップを感じさせてくれる場所は少なく、気分転換にはお勧めのウォーキングスポットだ。 但し県道とはいうものの、時間帯と日によっては殆ど人通りが無い可能性もあるので、その点は注意された方が良いかも知れない。 徒歩はちょっと・・・という方は西教寺前信号を右折して県道47号線に入られると良く、現地には駐車場も用意されている。 尚、飯室不動の湧き水「明王水」も有名だが、こちらについては現在は飲用不可の標記があった。念のため。
日吉台はびわ湖と比叡山の景観に恵まれ、坂本や比叡山の歴史的文化遺産にも近く、少し歩けば里山の自然にも触れることのできる大津でも一番の(多分・・・)住宅地です。 「あらうんど日吉台」は日吉台周辺のスポットやお散歩コースを写真と共にご紹介するコーナーです。

毎年4月になると日吉台の中を流れる高橋川の両岸に見事な桜が咲き誇る。
一般的なソメイヨシノの他にもめずらしい種類の桜があり、まちづくりカンパニー(旧まちづくり協議会)でこれらを詳細な地図に書き込んだもの作成されているのでご紹介しておく。(クリックすると拡大図が表示)

印刷される場合はこちらをどうぞ。日吉台桜地図

日吉台小学校卒業生であるマリンバ奏者の髙木(旧姓村田)真稚恵さんによる、日吉台小学校コミュニティスクール事業「ようこそ先輩コンサート」が6月21日開催され、1年生から6年生までの全校の子どもたちに加えて地域からも200名を超える参加者があり、大盛況の中、素晴らしい演奏を楽しむことが出来ました。
お忙しい中母校にお越しいただいた高木真稚恵さん、当日共演して頂いた奈良県在住の小池美郷さん、日吉台在住の吉川康代さん、またコンサート実現にご尽力頂いた関係者の皆様ありがとうございました。